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さよならはいわない。

i will never say good-bye,my love

自分のやっていることに惚れ込むと…

タイトルにある通りに生きるとどうなるか

 

道は開けるだろうな。

 

自惚れるということではなく

己に対して誇りを持つということ。

 

 

何故、毎日に物足りなさを感じるのだろう?

自分に問いかけた瞬間に、それが解ったけど

 

俺はいつも何かを求めてしまう。

本当に欲しいものは何?

 

虚しさが空回る。

まるで蜃気楼。

 

あのとき感じた愛しきもの

手放すこと・・・

 

手放す必要はあるのだろうか?

 

頭で考えても

心で考えても

 

答えは出ない。

 

葛藤こそが私の持って生まれたテーマですと?

 

やっぱり

太陽が見えないと

元氣が出ません。

 

俺は誰かにとっての

太陽で在れるだろうか?

 

 

自分がどうしてブログを始めたのか

もう動機もよく憶えてないし

そこはどうでもいいのだけれど

 

今はもうはっきりしていて

こうしていると余計なことを考えないで済むからだ。

 

空白があると

脳は勝手に妄想ストーリーを作り始める。

 

 

俯瞰してみると

いつも同じところで行き止まりに当たり

引き返す。堂々巡りだ。

 

頭上には抜け道がある。

 

どこに繋がっている道なのか

行ってみないとわからないけれど

 

必ずここからひとりで抜け出せる筈

 

○○○○

 

言葉に出来ればどれだけ楽だろうか。

 

頑張ってみたけど

いつもの半分しか書けないや。

 

なんて、弱音吐きつつも

今日も絶対に1000文字書く!w

 

もう一度タイトルに戻ろう。

 

こんな自分には到底惚れ込めないな。

 

なんかうじうじしててヤだ。

俺は、男のなかでは男らしくない。

 

男の中の男

 

みたいに生きようとは特別思わないけど。

 

どうすれば

自分のやっていることに惚れ込めるだろうか?

 

どんな自分なら好きになれる?

 

知ってるけどさ…

それが

音楽に夢中になってるときだってことは。

 

夢中になれない時は

どうすればいいですかね?

 

ちょっと話を変えよう。

 

いまここには50人くらいの人間が居る。

俺は一日あたり50人くらいと電話で話す。

 

×10年。

 

それだけの数を観測すれば

流石に傾向が見えてくるものがある。

 

各個人のプライベートまでは知らんけど、判る範囲では少なくとも

めんどくさい(と思われる)人間には、めんどくさい案件や事例が寄って来る。

文句ばっかり口にする人間には、文句を言われるような案件や事例が寄って来る。

 

人間にはほぼほぼ、言動どおりの現実が訪れる。

 

俺は人一倍電話に出るので、必然と

確率統計的にも一日に

「ありがとう」と云われ

「ありがとう」と云う回数が、他の誰よりも多い。

 

それを

 

感謝の氣持ちを忘れては駄目だ。

 

やっぱり人は自分の為だけに頑張れない。

自分以外の誰かの存在が必要なのだ。

 

それこそが、唯一と云っても良い

ひとがひととして生きる意味なのだろう。