氷室京介から
LINEが届きました
「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」YouTube プレミア公開
— HIMURO.COM (@HIMURO_COM) 2020年5月22日
プレミア公開日:5月23日(土)
①18:30 / ②18:45 / ③19:00 / ④19:30 / ⑤20:00
⑥20:30 / ⑦21:00 / ⑧21:15 / ⑨21:45 / ⑩22:15
本編を10ブロックに区切って公開します。 pic.twitter.com/kiqCFwxvu3
リンクはtwitterですが
5月23日~31日まで
youtubeで最後のコンサートが
限定公開されます
ツアーを締め括る東京公演は
2016年5月21・22・23日の三日間に渡り
東京ドームにて開催されました
私は
22日と23日の両日参加しましたが
あれからもう
四年の月日が流れたのですね
今夜(この記事を書いている5月23日)は
再び
あの場の空間をこの身に纏う訳ですが
その前に
あの日のことと
それにまつわるエトセトラを
記憶の抽斗から引っ張り出して
綴ってみようと考えた次第です
先ほど
22日と23日に観に行った
と云いましたが
最終日の
2016年5月23日の出来事に絞って書きます
その日は
好く晴れた月曜日でした
有給休暇を行使し
現地で待ち合わせ
改札を出てすぐに
LINEで到着連絡を交わしましたが
お互いに
待ち合わせ相手のその姿を
確認することが出来ません
それもそのはず
私は水道橋
彼女は後楽園
別々の駅の改札で待ってましたから 笑
ほどなく合流し
先ずは
事前に計画していた
後楽園遊園地の
ジェットコースターへと搭乗します
異性と二人で
ジェットコースターに乗るなんて
その四年ほど前に別れた恋人と
富士急ハイランドを訪れたとき以来だ
それはまるで
思いっきりデートの様相である…
そうでした
当日
私が誰と一緒だったのか
まだお話ししていませんでしたね
あの日
一生涯の記憶となり得る
記念すべきGIGに同行したのは
当時の職場で
席が隣り合ったという御縁に由り
仲良くさせて戴いていた
私と同じ年生まれの
素敵な笑顔のシングルマザー
345さんでした
何年振りかの
ジェットコースターを堪能したところで
まだまだ開演時刻まで
じゅうぶんな時間がある
私たちは
屋外広場のパラソルの下(もと)
ビールを嗜みつつ
暫し寛ぐことにしました
345さんには
既に成人を迎えた一人息子が居り
私は主に
彼女のその口から語られる
彼がまだ小さかった頃の
子育て絡みのエピソードを
聴かされることと相成ったのですが
そのとき
自分の母親が
決して異常ではなかったこと
そこに初めて
氣づかされたのです
私はその日まで
"自分の母は極度の心配性"
だと思って生きて来ました
でもそうじゃなかったんです
345さんの
わが子に対する思いを
この耳にし
母親とは
そういう生きものなのだな
と
・・・
コンサートの話しなくちゃ(^^ゞ
そうなのです
今日で本当に
最後の最後だ
2011年6月11・12日の
東日本大震災チャリティライヴでは
披露されることのなかった
クラウディハートが
この日は演奏されました
また一つ私の中から
思い残す事が消えました
クラウディ~と
続けて演奏されたのは
ラヴァーズデイ
そこに居た
みんながみんな泣きました
そのとき
肩が触れ合うほどの距離に立つ私たちは
自然に
その手と手を
取り合おうものかと意識する(ウソ)
そして遂に
とうとう
最後の一曲
前日のセットリストにはなかった
ビー・ブルー
それはもう
完璧でした
終演後に流れたSE
リヴォルヴァーの余韻とともに
開演前に合流した
345さんの妹さんと
そのお友だちの4人で
池袋の安居酒屋で2・3杯飲んでから
仲良くTJライナーに乗り合い帰宅
あれから
お互い職場を離れましたが
今でも
年にわずか数回だけれど
変わらず連絡を取り合う
数少ない
私の友だちと云えるでしょう
素晴らしく楽しく
そして何とも充実した一日の思い出です
私はこの年から
再び音楽の世界へ舞い戻って参りました
あなたがいなくなっても
私は必ずやる そう決めた
ありがとう
氷室京介。