さよならはいわない。

i will never say good-bye,my love

君と歩んだ道

エレクトリック・ベース・ギター

 

通称ベース

 

エレキギターには及ばない

低音域をフォローし

 

同時に

ドラムパートと密接に絡む

 

つまり

 

メロディとリズムを兼ね備えた

唯一の楽器であり

アンサンブルの要といえよう

 

持論ではあるが

 

良い音楽か否かは

ベースで決まる

 

しかしながら

バンドの中では実に地味な存在である

 

小さな音では聞き取りにくい上

寧ろ

その音を意識して聴く人間は

この世界の中でごく僅かであろう

 

だがその存在感は

大音量の中でこそ花開くのだ

 

ギターとベース

 

その違いに氣づかずに

一生を終える人も少なくはないだろう

 

ギターの弦は6本に対し

ベースの弦は4本

 

ベースのほうが弦が太くて

ネックと呼ばれる

楽器の首の部位が細く長い

 

見ようによれば

何ともsexyな佇まいである

 

余談ではあるが

 

かつて米国の女性ミュージシャン

スージークアトロが

 

「ベースは子宮に響くのよ」

 

なる発言をし

現在も自らベースを奏でている

 

私がベースを意識したのは

 

思春期にテレビの歌番組で観た

とあるグループ

 

ギターのような華やかさはないが

 

そのうねりにも似た旋律に

興味を惹かれたのだ

 

あの楽器を弾いてみたい

 

澄んだ想いは現実を動かす

 

それはたとえば

 

豪雪が降りしきる中での

文字通り

歯を食いしばって配った朝刊紙

 

血は滲まずとも

血が通わなくなるほどの

結晶の対価として

 

初めてのベースギターをこの手にした

 

放課後ともなると

制服のまま部屋に籠り

レコードプレイヤーに針を落とす

 

そこから流れ出流

音の洪水に合わせて

自らの爪弾くベースを合わせる日々

 

日毎夜毎その場に描かれた思いは

ほどなく大きな夢となって顕われる

 

この楽器一本で東京でやっていく

 

少年はまだ知らなかった

 

その道は

己が想像すら出来ぬほど

 

起伏の待ち受けた

未踏の山道の様相であることを

 

歩みを進めたからこそ視えた景色

 

何度も諦めようとし

挫折足り得るものを味わった

 

時に大きく心を傷め

 

音楽の道にはもう二度と戻れない

 

最早引き返すこともままならぬ状況に

 

私は歩みを止め

けもの道を降りた

 

安全な乗りもので故郷に戻ろう

 

重い荷物は棄てて

軽装となるべく身支度を整えた

 

部屋を後にするとき

 

まるで棺桶のような

ハードケースの暗闇の中へとベースを幽閉し

 

外から鍵をかけた

 

あとは夢も見ないほど

深く眠るだけなのだろうか

 

 

あの日から10年目の出来事だ

 

ひとつの出会いがきっかけで

この心が根底から揺さぶられる

 

俺はこんなに音楽が好きだった

俺はこんなにもベースが好きだった!

 

思い出したというよりも

忘れたフリをしていただけかも知れない

 

そう それは再び

人生のレールが本線に切り替わる瞬間

 

この身から溢れ出すほどの

漲る力はもう止まらない

 

もう誰にも止められない

 

途中下車はせずに

最短距離で目的地へ向かえ

 

何故だろう

 

それでも旅は

 

希望を見出すのが

困難と感じた頃合いを見計らい

 

不意にチャンスの風が吹く

 

この私の音を

必要だとする者に呼ばれたのだ

 

私はその場に赴き

おろしたてのピックをすり減らして

 

危く自身の爪まで

削れてしまうほどの勢いで

 

少しばかり腹部に

キリつく痛みを感じながらも

 

持ち合わせた力を存分に遣い

この身この心を音色に乗せた

 

 

そこから繋がる物語

 

2000もの瞳に晒されての演奏や

 

産みの苦しみといえるであろう

レコーディング作業を経て

 

遂に魂の音を封じ込めた

銀色の円盤が刷り上がる

 

私はコンパクトディスクの陳列棚の

青春時代を彩ったアルバムたちの間

 

開封の我が作品をそっと挟んで置いた

 

並べて眺めたその風景に

この頬はやっと緩んだ

 

辛くて苦しいときにも

本当はずっと氣になっていた

 

真実のよろこびとは

 

あなたと二人一つで

分かち合うしかないのだ

 

私は彼女(ベース)と

離れることはできなかった。

 

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今週のお題「下書き供養」